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月30冊読書する僕を“SF沼”に落としていった、初心者にも優しいSFたち

SFの書評を執筆しているブロガー・冬木糸一さんに、SFにハマるきっかけとなった初心者向けのおすすめSF作品、5作を紹介いただきました。

こんにちは。普段は「冬木糸一」というハンドルネームで、ブログ「基本読書」などにSFやらノンフィクションについての記事を書き続けています。

SFとは「サイエンス・フィクション」の略で、ざっくりと説明すれば、科学的空想(社会科学や人文科学も含む)が投入された作品群のこと。その中でも、今回は「初心者向けのSFを紹介してください」との依頼を受けたので、その線に沿って作品を紹介していこうと思う。

とはいえ、何らかの基準がなければ作品を列挙し続ける羽目になる。そのため、今回紹介する切り口としては、まず「古典的名作SF」は省くことにした。また、実際に僕自身がSFを読み始めるきっかけになった作品短編集、登場人物の恋愛模様を描いた作品ハリウッド映画の原作など、文庫化済みで手に取りやすいものを選んでいる。

自分のSF読書歴を振り返ってみるに、どこかの瞬間にSFというジャンルへガツンと入り込んだという記憶はない。それよりは、杭をハンマーで打ち付けていくようにして何作もの傑作を読んでいくうちに、地面に少しずつ食い込んでいった感覚がある。

ここから紹介していく作品たちは、みなその意味では僕のSFの杭に強烈な一撃を食らわせていった作品たちであり、一通り読んだらもう地面にのめり込み過ぎて見えなくなっていることだろう。

戦闘妖精・雪風〈改〉/神林長平

というわけでまずは個人的な話から始めたいが、僕がSFというものを初めて本格的に意識して読み始めたのは神林長平の『戦闘妖精・雪風〈改〉』(早川書房)であった。

表紙とタイトルが圧倒的にカッコイイ

いったい人はどのような動機でSFを読み始めるのだろうか? 僕が最初に惹かれたのは、その圧倒的にカッコイイ表紙と書名である。今まさに本の表紙から飛び立っていきそうな戦闘機の姿。タイトルがまた、「戦闘妖精」だけでも痺れるほどなのに、加えて「雪風」ときたもんだ! 内容以前の問題として、ただただこのカッコイイこの文庫が欲しいと手が伸びた。

未知の異星体に対抗すべく作られた「自律する戦闘機」

『戦闘妖精・雪風〈改〉』の舞台となるのは、人類が特殊な戦闘機をつくり、南極に現れた超空間〈通路〉から突如出現した正体不明の異星体〈ジャム〉に対抗する世界。人類はジャムの侵攻を食い止めるべく、〈通路〉の向こう側で発見された惑星「フェアリイ」まで攻め込み、前線基地を設営し、防衛線を構築している。そのお陰で、ジャムが地球から姿を消し、人類の多くはその脅威を深く意識しないまま、仮初の安寧の日々を過ごしている。

フェアリイ空軍(FAF)に所属する主人公の深井零は、戦術戦闘電子偵察機「雪風」のパイロットだ。また、友軍機を見殺しにしてでも帰投せよという過酷な指令を受け、その性質から仲間に「死神」と呼称される特殊部隊「ブーメラン戦隊」の一員でもある。零を筆頭としたFAFのパイロットたちは、戦闘機に乗るために特殊な反射条件を直接脳内に学習させられたことが関係してか、自分の興味だけが重要で、非人間的/機械的な傾向を有している。

人間不在の戦争、その意味とは何なのか

果たして、ジャムは何のために攻めてきたのか。その正体はなんなのか。そもそもジャムはその実体すら明らかになっておらず、本当に存在しているのかといったことまで疑問視されている。それを打ち倒す戦闘機にしても、高度な電子制御による自律行動が可能で、人間というボトルネックを無視した機動がとれる。そんな飛行機を、わざわざ人間が駆(か)る意味はどこにあるのか。

未知なる存在との戦争を描く本作ではあるが、その中心にあるのは現代の無人兵器が抱える問題にも接続できる、人と機械の関係性についての終わりなき問い掛けだ。初めて読んだ時に「作家はここまで独自のスタイルを築き上げられるものなのか」と驚愕(きょうがく)しただけでなく、『グッドラック』『アンブロークンアロー』とシリーズが進むにつれその思索もより深まっていく。神林長平という、日本を代表するSF作家の神髄がここにはある。

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犬は勘定に入れません/コニー・ウィリス(訳:大森望)

数ある時間SFものの中でも思い入れが深いのが、コニー・ウィリスによる『ドゥームズディ・ブック』『ブラックアウト』『オール・クリア』の一連のシリーズだ。いずれもタイムトラベル技術が開発された未来のオックスフォード大学の歴史研究家たちを描いている。話は独立しているのでどれから読んでもOK。読みやすさという点では、SFユーモア長編『犬は勘定に入れません あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』(早川書房)をオススメしたい。

「タイムトラベルし過ぎ」で過労&ダウン

舞台は、過去へのタイムトラベルが実現した近未来。大学生のネッド・ヘンリーは、第二次大戦中のロンドン空襲で消失したコヴェントリー大聖堂で、特別な花瓶を探し出そうとしていた。

しかし、度重なるタイムトラベルの無理がたたり、過労でダウンしてしまう。2週間ほどの安静を言い渡されたネッドは、のんびりした時代で休息してこいと19世紀のヴィクトリア朝へと派遣される。そこで彼は、本来であれば何物も持ち帰ることのできないはずの過去から“猫”を連れ帰ってしまった女学生ヴェリティ・ブラウンと出会い、2人合わせて19世紀で時空の構造体を揺るがす事件に巻き込まれ、事態収拾に走り回ることになるのだった。

恋愛小説の要素もあり、時間SFの入門に最適

中でも、ヴェリティは僕がこれまで読んできたSF小説の中で最も魅力的なヒロインの1人だ。本格ミステリマニアである彼女は、アガサ・クリスティやコナン・ドイルなど、幾人もの名探偵の名言を引き合いに出しながらネッドをぐいぐいと引っ張り、かき乱していく。次第に惹かれ合っていく2人だが、19世紀で違和感なく滞在するためにお互いが装っている立場もあり、なかなか2人っきりで会うことすらできない状況は、恋愛小説としても一級品

舞台となっているイギリスは世界屈指のユーモア大国だが、それを反映させるように全編通して笑い続けられる上品なユーモアで彩られ、展開の妙に舌を巻きつつ、終盤の“時間SFでしかあり得ないロマンチックなシーン”までたどり着いた時には、拍手喝采大喝采だろう。こんなにありとあらゆる要素が高いレベルで成立した傑作は、そうはない

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火星の人/アンディ・ウィアー(訳:小野田和子)

ここらで一冊、ハードSFと呼ばれるジャンルからも紹介しておこう。ハードSFとは、SFの中でも科学的な厳密性を高めたもの。その中でも特にオススメしたいのは、リドリー・スコット監督の傑作映画『オデッセイ』の原作、アンディ・ウィアー『火星の人』(早川書房)だ。

映画『オデッセイ』の原作

あらすじをざっと紹介しよう。有人火星探査にクルーとして参加していた植物学者マーク・ワトニーは、突発的な砂嵐が原因で、他のクルーらとはぐれてしまう。奇跡的に生き残るワトニーだが、仲間たちからは死んだと誤認された結果、火星に取り残されることに。

地球との通信手段はないものの、幸いベースキャンプは残されており、わずかな物資と科学知識を総動員して「たったひとりの火星の人」としてサバイブを始める――。

“ウソ”がない、緻密な設定が光る

普通だったら即死一直線の状況だが、ワトニーは不屈の闘志で次に火星探査が行われる4年後まで生き残ることを決意。頻繁にジョークを飛ばしながら、不毛の土地である火星の土壌を育成し、必要なカロリーを摂取するためじゃがいもの栽培に挑戦し、現在位置から3,200km先にある探査地を目指すためにも、移動や通信手段の確立に奔走することになる。

そうした作中に登場する科学描写には、ほとんどフィクションが含まれていない。著者自身本作を連載として書き始めた当初は、この主人公がどういう理屈で生き残るかは決めておらず、一歩一歩思考を進め、「よし、これでもまた少し生き延びられるぞ」と興奮しながら書き進めたという。つまりワトニーの火星での奮闘は、現実の科学の奮闘であり、科学がそのままプロットを作り上げるハードSFの極致のような作品なのだ。

ここ10年ぐらいで出版された海外SFの中でもピカイチの傑作であるし、映画の原作なので普段SFになじみのない方でも手に取りやすいだろう。

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〈八世界〉全短編/ジョン・ヴァーリイ

次は短編集を紹介しよう。SF短編集の醍醐味は、SF(に限らないが)の命であるところの“斬新なアイデア”を一冊の中で次々と味わえるところだ。数ある短編集の中でも最初に読ませたいとしたら、なんといってもジョン・ヴァーリイの短編だ。ヴァーリイは1970〜80年代を代表する作家だが、現在も活動を続けており、その魅力は今もなお衰えることがない。

時に男同士の友人であり、男女のカップルでもある

『〈八世界〉全短編』(東京創元社)は、性別転換や身体の乗り換え、クローンや記憶の移植によって事実上の不死が実現した世界をさまざまな形で切り取っていく短編群である。

全短編1の『汝、コンピューターの夢』に収録されている中でも取り上げたいのが、「ピクニック・オン・ニアサイド」だ。親への反発から、ほとんど誰も寄り付かない月の「おもて側」にピクニックへ出掛ける少年・フォックス。フォックスと一緒に「おもて側」を目指すのは、つい最近まで男だった少女・ハロウだ。性別が自由に変換できるが故に、2人は時には男同士の友人であり、男女のカップルであり、またそこから逆転したカップルでもあり得る――そんな現代では(ほぼ)あり得ない、特異な関係性の在り方へと想像が広がっていく一編だ。

これからの社会では必ず起こり得る問題や関係性

続く全短編2の『さようなら、ロビンソン・クルーソー』は、表題作品でもある「さようなら、ロビンソン・クルーソー」がいい。主人公のピリが老年から若々しい体に乗り換え、二度目の若い人生を取り戻すというストーリーで、感動とある種のグロテスクさを描いている。

ヴァーリイの描き出す「さまざまな選択が自由になった世界」は、人がみな自分ならではの人生を突き進んでいくが故に、必然的ともいえる孤独が描き出されていくところに個人的にはぐっとくる。それはこれからの社会では必ず起こり得る状況でもあって、収録作のほとんどは30年以上前のものであるにもかかわらず、現代にあってなお、その新鮮さの一切が失われていない。どこまでもみずみずしく未来の人々の感情を描き出す、クリアな傑作短編集だ。

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グラン・ヴァカンス/飛浩隆

最後に紹介したいのは『グラン・ヴァカンス』(早川書房)。作者の飛浩隆は、2018年に短編集『自生の夢』(河出書房新社)で日本SF大賞を受賞したばかりだが(これもド傑作)、寡作でありながら、毎度毎度「どれほどのものを犠牲にすればこれほどの文章、表現、ストーリーが紡ぎ出せるのか……」と唖然(あぜん)とするほどの熱量と、洗練されたシンプルさがある。

人間がいない仮想世界で生きるAIたちに起きた“異変”

飛浩隆の代表作といえるのが「廃園の天使」シリーズだ。その第一作である『グラン・ヴァカンス 廃園の天使I』の舞台は、仮想のリゾート区画である「夏の区界」。“ゲスト”である人間の訪問が途絶えて1,000年が経過したその場所では、AIたちが思い思いの日々を過ごしていたが、ある時領域を破壊する謎のプログラム「蜘蛛」が押し寄せる。

わずかに生き残ったAIたちは、自身の存在を懸けた一夜の攻防戦を開始する――。

初めて触れる「SF」がこの作品なのは、とても幸せ

「鳴き砂の浜へ、硝視体をひろいにいこう。」という印象的な一文から紡がれてゆく、1,000年続いた夏の情景。もとより命などないAIたちが、それでもなお懸命に生をまっとうしようと苦闘する姿、そこから一直線に走り抜けていく終焉(しゅうえん)の光景は、おぞましいほどに美しい。

いま日本で最も研ぎ澄まされた作品を書く作家が、飛浩隆だと思っている。『グラン・ヴァカンス』を初めて読んでからもう十年以上の月日がたったが、未だにこの作品の情景は僕の中に色濃く残り続けている。これまで意識してSFを読んだことがない方が、この作品で初めてSFに触れることができるのであれば、それはとても幸せな出会いになるはずだ

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ハードSFも短編集も、今回紹介した作家らの別作品も、ロボSFも警察SFもスチームパンクもいくらでも紹介したいものはある。とはいえ、そんなことを言っていたらキリがないのでこんなところで。

いろいろ薦めはしたものの、僕が『戦闘妖精・雪風〈改〉』に出会った時のように、直観を大事に、読みたい本を決めてもらえれば幸いである。SFの世界は広く豊潤なのだから。

著者:冬木糸一id:huyukiitoichi

ブログ「基本読書」でよくSFやノンフィクションのレビューを書いています。

ブログ:基本読書 Twitter:@huyukiitoichi

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