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『スゴ本』中の人が選ぶ、あなたを夢中にして寝かせない「徹夜小説」5作品

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推し活をしている人が「これ良い!」と思ったものを紹介しています

わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」の中の人、Dainと申します。

“読み始めたら、徹夜を覚悟するだろう”―― これはスコット・トゥローの『推定無罪』の帯文だ。帯に惹かれ手に取ってみると、予感通りに完徹した。

世に面白い本はたくさんあるけれど、徹夜を保証され、予告通りに夢中になるのは珍しい。そんな作品を「徹夜小説」と名付け、その名の通り、眠ることも忘れて読みふけってしまう傑作を紹介しよう。これまで自身のブログでも徹夜小説を度々紹介してきたが、今回はその中でもこれぞという5作品をお届けする。

その前に、大事なことを二つ、お伝えしておく。

一つ目。これから紹介する徹夜小説に匹敵する、もしくは、上回る作品を、もしも、万が一にもご存じなら、ぜひともご教授願いたい。わたし一人では限界がある。わたしが知らない徹夜本は、きっとあなたが読んでいる。だから、ぜひともご協力願いたい。わたしのブログのコメント欄からでも、twitterからでも、歓迎する。

二つ目。これから紹介する徹夜小説は、複数巻に渡る長編小説だ。「とりあえず第一巻だけ買って読もう」などと横着をしてはいけない。必ず全巻そろえた上で取り掛かること。さもないと、夜の早い段階で、続巻を求めて探し回ることになる。そのとき本屋が閉まっていようなら、目も当てられない。朝まで飢餓感に苛まれるだろう(わたしはこれをやらかした)。

※編集部注:以下には、作品内容に触れる情報が含まれています


1.ジェフリー・ディーヴァー『ウォッチメイカー』

ミステリ好きに捧げたい徹夜小説

ごめん、いきなりラスボスを紹介する。徹夜ミステリを量産するジェフリー・ディーヴァーの作品で、最高に寝かせてくれないといえば、これだ。なぜ断言できるか? ミステリ好きが集まる読書会(オフ会)において、全員一致でこれをあげたから。そして、当然の如く、わたしも寝かせてもらえなかったから。

「ウォッチメイカー」と名乗る者が、残忍かつ精密な手口で犯行を重ねてゆく。対するは科学捜査の専門家リンカーン・ライム。四肢麻痺でベッドから動けない身体だが、現場検証のプロフェッショナルや、尋問のエキスパートとともにチームを組んで、微細証拠物件から犯人像を組み立て、仮説検証を繰り返し、徐々に追い詰めていく……。その、見えない駆け引きの「見える化」がとてもスリリングだ。一見バラバラに見えるが、複数の点と線がつながるとき、一種のカタルシスを感じるに違いない。

殴られるような衝撃と興奮

だが、これだけでは半分も伝えていない。追うもの追われるものの丁々発止(ちょうちょうはっし)だけでも徹夜を覚悟すべき面白さだが、ガツン! と殴られるお楽しみはこれからだ。作者を除くすべての人間を騙すつもりで、全力で殴りかかってくる。

殴られた瞬間、え……? 今まで読んできたのは、いったい何だったの!? と叫ぶだろう。先に進みたい欲望を抑え込み、いったん戻る。自分が追ってきたストーリーが、自分の目で見てきた通りでなかったことに気付かされて悶えるだろう。しかも一度や二度ではない。鮮やかに、軽やかに、何度も何度も主人公を、読者を、そして犯人をも騙す。世界が塗り替わるような驚きと興奮にゾクゾクする、これは凄い!

ちなみに、そのミステリ読書会で、「ジェフリー・ディーヴァーって読んだことないんですよね……」とつぶやいたら、全員から、哀れむような、羨ましいような目で見られた。

そして、「最初は『ボーン・コレクター』から始め、最後は『ウォッチ・メイカー』だから取っておけ」と忠告された。この忠告は正しい。だから、ラスボスから攻略したら反則かもしれない。一番おいしいところから食べるのは、もったいないからね。

あなたがミステリ好きなら、とっくに読んでるのかもしれない。しかし、もしあなたが未読なら、最高の幸せもの。明日の予定がない夜に、思う存分どハマりしてくれ。


2.ダン・シモンズ『ハイペリオン』

SFに留まらない、あらゆる「美味しい」要素が凝縮

ラーメン屋さんや天丼屋さんに行くと「全部入り」というメニューを見かけることがあるだろう。あれこれトッピングしていくのではなく、「金に糸目はつけないから、とにかく美味しいもの全部!」というやつ。これは、それだ。面白いものが全部ある。

SF好きなら殿堂入りの夢中本だが、SFに閉じ込めたらもったいない。ジャンルとしては確かにSFだが、この中に、ホラー、ラブストーリー、ファンタジー、家族愛、戦争モノ、ハードボイルド、冒険活劇など、あらゆる「美味しい」要素がぎっしりと入っている。それぞれのネタで、じゅうぶん一冊書けるのに、あえて面白いところだけを蒸留した枠物語*1なのだ。

独立した短編が一つの謎に収束してゆく

しかも、謎解きの展開が憎すぎる。「ハイペリオン」という辺境の惑星に因縁がある7人が巡礼者として集まり、それぞれ順番に過去を語るといった千夜一夜形式で進むのだが、だんだんと明かされる謎が謎を呼び、やめられないとまらない。

司祭、兵士、詩人、学者、探偵、領事と、最初は無関係に見える各人の壮絶な半生が明かされるにつれ、それぞれがニアミスし、複雑に絡み合い、ハイペリオンのさまざまな面を浮彫りにしつつ、現在進行している謎に収束してゆくことが分かってくる。

それぞれが独立した短編で、それだけでも物凄く面白いのに、組み合わさっていくにつれ、巨大な全貌が浮かび出てくる。これは、興奮する。「やめどきが難しい」どころではない。力尽きるまでやめられないのだ。

さらには、巡礼者のそれぞれのエピソードに、手を変え品を変え、さまざまな仕込みがしてある。旧約聖書やギリシャ神話、シェイクスピアやダンテ、キーツなどの古典作品が、オマージュやメタファーやパロディの形で散りばめられている。

あなたは、どのエピソードを読んでも何かを思い出すとともに、新しい目でその「思い出」を眺めることだろう。物語が好きな人にとっては、ご褒美みたいな「全部入り」だ。もちろん、そうした古典を知らなくても大丈夫。まちがいなく美味しいネタが、絶対に面白い形で仕込まれているのだから、安心して、力尽きるまで食べるといい。


3.隆 慶一郎『影武者徳川家康』

徹夜小説といえばミステリや冒険モノという人に薦めたい一冊

わたしは、さっきから、「もしこれを読んでないなら、あンた、幸せモンだなぁ」とニヤニヤしながら紹介している。この記事は、「小説は好きだけど偏ってるから、知らないジャンルも手を出したい。だけど、時間とお金を損するのはイヤだなぁ」という人向けに書いている。そして、歴史モノなら、これだ。徹夜小説といえばミステリや冒険モノという人にこそ、これをお薦めしたい。

一行目から始まるどんでん返し。そして怒涛のごとく襲い掛かる陰謀と暗躍

映画やドラマであるでしょ? ラストのどんでん返し。最後の土壇場になって、そこに至るもろもろの謎を解き、伏線を回収し、かつ、世界を一変させてしまう、驚愕のファイナルストライクだ。本書が凄いのは、これを一行目からやったこと。なにせ、徳川家康は、関ケ原の戦で死んだというところから始まるのだ

つまりこうだ。徳川家康がどんな人物で、何を成したかは、史実として「確定」している。これを、冒頭でひっくり返し、ひっくり返した「史観」でもって、もろもろの謎を解き、伏線を回収し、かつ世界を一変させてしまった。

答えはタイトルにある。家康は関ヶ原で殺され、残りの「家康」を影武者が成り代わる。

ありえない。影武者が主の仕事をできるわけがない。だいたい姿は似ているかもしれないが、風貌は? 記憶していることは? 家族や家臣の目を誤魔化すことなんてできやしない。突拍子もないなーと進めるうちに……オイちょっと待て! えぇっ! うわっと叫ぶ読書になる。

最初は替え玉バレの脅威をかわしていく様子をヒヤヒヤしながら見守って、次第に見えてくる影武者(二郎三郎という)の真の姿に戦慄し、怒涛のごとく襲い掛かる陰謀と暗躍の応酬に振り回される。問題は、それら一つ一つが、史実として裏打ちされていること。「家康は関ヶ原で死んだ」という爆弾を破裂させたあと、表では通史どおり。その一点を除けば、家康がどんな生涯を送ったか、どんな事件が起きたかは、知っての通りに進行する。

だが、その裏で進行する心理戦と権謀術数(けんぼうじゅっすう)は凄まじい。影武者を殺して征夷大将軍にならんとする徳川秀忠の執念には、読んでるこっちが息苦しくなる。孤立無援の身の上から仲間を集め、幾度となく駆け引きを繰り返し、相手を出し抜く。そこにはしたたかで強靭で、かつ智略に富んだ、戦国を生き抜いた男がいる。この痛快さと逆転劇に魂をとろかされるだろう。

これは、古今東西の面白い本を読みふけった、スゴ腕の編集者からこっそりと、「不眠本中の不眠本」という曰くつきで教わったもの。もし、これを読んでないなら、幸せモンだよ。


4.アンデシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ『熊と踊れ』

嗅覚を刺激する極上の犯罪小説

極上の犯罪小説をどうぞ。軍の倉庫から大量の銃火器を盗み出し、史上例のない銀行強盗を次々と決行する三人兄弟のストーリーと、なぜ彼らが犯罪に手を染めるようになったかの生い立ちとが、交互に語られる。途切れない緊張感にヒリヒリしながら一気に読めて、気づいたら朝になっているだろう。

生々しいのは、恐怖だ。“過剰な暴力”を振るう人の恐怖が、ほかに逃げ場のない強烈な悪臭となって、毛穴からにじみ出てくる。彼のこの体臭―― 恐怖そのものが鼻に刺さるようにリアルに迫る。

たいていの小説家は光景や音声を描写しようとするが、本書では上手いタイミングで嗅覚が刺激される。というのも、人が自分の臭いに気づくのは、我に返る瞬間だから。緊張の只中から冷静さを取り戻し、暴力をコントロールできる状態になるとき、自分の酷い臭いに気づく。すなわち、自身の悪臭に自覚的になるということは、いま直面している恐怖に自覚的になるということなのだ。

巧みなカット割りにより加速していく物語

さらにリアリティを醸し出しているのは、カット割りだ。長くて一分間、短いと数秒の複数のシーンを重ねてくる。この演出のおかげで、追うものと追われるもの、暴力に満ちた過去と、暴力に満ちた現在が次々とつながり、ほとんど飛ぶように走ってゆく。読み手は、振り落とされないように追うしかない。耳をふさぎたくなる悲鳴や、胸が裂かれるような痛みに苛まれつつ、やめることをやめられなくなる。

畳みかけるカットバックの中、“過剰な暴力”が制御不能となり、内側から蝕んでいく様子が、まるでスローモーションのように垣間見える。リーダーのレオの心が(その描写とは裏腹に)暴力に飲み込まれていくのがわかる。暴力と犯罪の只中に身をおいて、血と恐怖の臭いを嗅ぐことができる。

何よりも恐ろしいのは、実話を元にしていること。スウェーデン警察を震撼させた、連続銀行強盗事件が下地になっており、その一味が共著者なのだ。よくできた小説に対して「見てきたように書いてある」という誉め言葉があるが、これは「見てきたからここまで書けた」になる。強盗の下準備から襲撃の手順、そこに一貫して流れる閉塞感と緊張感、そして、“過剰な暴力”を一気に解放するカタルシスが凄まじい。生々しい現実感覚に酔いしれろ。


5.古川日出男『アラビアの夜の種族』

予備知識は不要。物語好きのための物語

面白い物語を読みたい? ならばこれを読め。予備知識は無用というか害悪なので調べるな。レビューも見るな、あらすじも読むな、黙って全巻そろえて、明日の予定のない夜に読め。徹夜を保証する。

本当は、これだけにしたい。これに何を足しても蛇足になるし、あなたの予見に何も入れたくない。

……とはいえ、これじゃあんまりだろう。なので、蛇足承知で紹介する。これは、物語のための物語。絶妙な語り口、抜群のリーダビリティ、そして超絶技巧の構成力が織り成す、あらゆる物語好きのための物語なり。

そこでは、陰謀と冒険と魔術と戦争と恋と情交と迷宮と血潮と邪教と食通と書痴と閉鎖空間とスタンド使い……これらが次から次へと登場し、眠るどころか、呼吸を忘れて読みふけるだろう。『はてしない物語』と『千夜一夜物語』と『ハムナプトラ』と『ウィザードリィ』を足して割らない面白さに、夢中となれ。

そして、最後の、ホントに最後のページを読み終わって―――――― 驚愕せよ、自分が、文字通り夢中となっていたことに。二重底、三重底に秘められた現実と物語が、文字通り「ぐにゃぁ」と歪み・融合し、脳内で融け合う、解け合う、とろけ合う様に、恍惚となれ。

◆◆◆

徹夜本、夢中本、不眠本、呼び名はいろいろあるけれど、どれもこれも鉄板の、あなたを絶対寝かせない傑作ばかりを紹介した。大事なことなのでもう一度言うが、必ず全巻そろえてから、読み始めるべし。そして、万が一にも、これらに匹敵・凌駕するスゴ本(凄い本)があるならば、ぜひとも教えてもらいたい。

なぜなら、わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいるのだから。

著者:Dain

Dain

ブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」 の中の人。気になる本を全て読んでる時間はないので、スゴ本(凄い本)を読んだという「あなた」を探しています。
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*1:導入的な物語を「枠」として使うことで、ばらばらの短編群をつないだり、物語世界のパズルのピースをはめていくように構成させる物語技法」のこと