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元書店員が選ぶ「もっと多くの人に読まれてほしい面白い本」5選

元書店員の潮見惣右介さんが、「もっと広い世代に愛される可能性を秘めている」と思うおすすめの本を紹介します。書店員時代の技を駆使したPOP画像付きで、読みどころを解説します。普段あまり手に取らないジャンルでも、興味の幅が広がる本が見つかるかもしれません。

元書店員が選ぶ「もっと多くの人に読まれてほしい面白い本」5冊

はじめまして、潮見惣右介(しおみ そうすけ)といいます。

普段は「無印都市の子ども」というブログで、小説や音楽、ポップカルチャーについて書いています。代表的な記事はこれといってないのですが、テレビ番組やアニメ映画に映った誰かの本棚に収められている本を勝手に特定していく「本棚解析シリーズ」がとても変態性が高いと好評です。

本業としては、つい最近まで書店員として働いていました。書店の店員はそれぞれ担当するジャンルを持つのですが、僕の場合は文庫や新書、コミックなど、いろんなジャンルをころころと代わっていました。

本屋で働いていると、気になる本や読みたくなる本がたくさん見つかります。これは”書店員あるある”なんじゃないかと思うのですが、単純な話で、普段からいろんなジャンルの本を目にするから「気になる」「読みたくなる」。だからこそ逆に「書店員をしていなければ、この本の情報や存在が自分の目に触れる機会はなかったのかもしれない」ということをひしひしと感じていました。

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さて、ご存じかとは思いますが、今の出版業界および書店業界は、決して景気の良い世界ではありません。

「必要な本は楽天などの通販サイトで買うので書店に出向く機会がほとんどない」という方、あるいは「近所の本屋が閉店してしまった」という方もいらっしゃるかと思います。

僕が書店員でなかったらこんなにたくさんの本に巡り会ってはいなかった……そんなことをぐるぐる考えていると、「この本はもっと広い世代に愛される可能性を秘めているんじゃないか」と思ったり、「出版社が狙ったターゲット層とは異なる年代や属性にも、きっと受け入れられるんじゃないか」と感じたりする本の存在を思い起こします。

今回はそういう本の中から、特に皆さんへ「もっと広く知られてほしい!」と思った5冊を紹介させていただこうと思います。元書店員の技術を生かしてPOP画像も作りました

【1冊目】『アンパンマンの遺書』やなせたかし(岩波現代文庫)

『アンパンマンの遺書』やなせたかし(岩波現代文庫)のPOP

「アンパンマンシリーズ」の作者であるやなせたかしのエッセイ。アンパンマンというキャラクターがどのような人生の末に誕生したのか。彼の出生からはじまり、落ちこぼれて自殺を考えた学生時代、死を覚悟した兵隊時代、漫画界の地図を塗り替えた天才・手塚治虫の出現、デザイナーとして働きながら漫画の投書を続けていた無名時代を経て、彼の哲学の結晶である絵本「アンパンマン」が誕生し、そしてそれが世に出ていくまでの話です。

戦争を経験したやなせたかしにとって、正義だとされていたことが敗戦によって逆転してしまったことが、彼の思想の基本となったと言います。

子供の時から忠君愛国の思想で育てられ、天皇は神で、日本の戦争は聖戦で、正義の戦いと言われればそのとおりと思っていた。正義のために戦うのだから生命をすてるのも仕方がないと思った。
しかし、正義のための戦いなんてどこにもないのだ。
正義は或る日突然逆転する。
正義は信じがたい。
(起の巻 「国破れて」より)

そして、その価値観がのちに誕生するアンパンマンの正義観に強く反映されているわけです。

逆転しない正義とは献身と愛だ。それも決して大げさなことではなく、眼の前で餓死しそうな人がいるとすれば、その人に一片のパンを与えること。
(起の巻 「国破れて」より)

なぜやなせたかしがこの“遺書”を書いたのか。まえがきには「ぼくのパッとしない人生もケジメだけはつけておきたかった」と書いてありますが、きっとアンパンマンに込めたメッセージが「秘話」であってほしくないという気持ちが強かったんじゃないかと僕は思います。

「正義とは何か。傷つくことなしに正義は行なえない」
(転の巻 「幼児という批評家」より)

昭和のほぼ最後(1988年)に始まったアンパンマンのテレビアニメ放送。多くの子どもたちがアンパンマンを見て育ち、今では親の世代となっている。少なくともかつてアンパンマンに慣れ親しんで育った世代は、この遺書をしっかりと受け取っておくべきじゃないかと思います。

なんのために生まれて
なにをして生きるのか

これはアンパンマンのテーマソングであり、ぼくの人生のテーマソングでもある。
(結の巻 「四コマ目のオチ」より)

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【2冊目】『星への旅』吉村 昭(新潮文庫)

『星への旅』吉村 昭(新潮文庫)

吉村昭といえば『戦艦武蔵』や『破獄』など、ノンフィクション作家や歴史小説家としての印象が強いかと思いますが、初期の頃は純文学作品を発表しています。

短編集『星への旅』(新潮文庫)には、芥川賞候補となった短編が3作品収録されていて(『鉄橋』、『透明標本』、『石の微笑』)、のちに戦争小説やノンフィクションで発揮される緻密で繊細な描写力が、この頃の文章にもあらわれています。

収録されている作品のほとんどに共通して言えるのは、「死者」や「自殺」などをモチーフにどこか気味の悪い異様な世界を、丁寧な表現で淡々と進行させていくという点です。

ボクサーの死をめぐる『鉄橋』や、男女6人の集団自殺までを描く表題作『星への旅』も素晴らしいのですが、僕のおすすめは『少女架刑』です。16歳で亡くなった少女の死体が解剖されていくという物語なのですが、この小説の特徴は“亡くなった少女の視点から語られている”という点です。

呼吸がとまった瞬間から、急にあたりに立ちこめていた濃密な霧が一時に晴れ渡ったような清々しい空気に私はつつまれていた。

つまり、少女は死体となったにもかかわらず、感情や感覚を持ち、病院へ運ばれる自分を見送ってくれる両親の姿や、自分の身体を好奇の目で眺める解剖医の視線も、すべて見えています。そしてそれが当たり前のことのように淡々と描写されていく。この異様な設定を丁寧に丁寧に表現していくことがまた気味が悪く、吉村昭という作家のとんでもなさを思い知らされます。

私の骨は、静寂につつまれていた。これが、死の静けさとでもいうことなのか。私は、ようやく得た安らぎの中に身を置いている自分を感じた。

さっきから「気味が悪い、気味が悪い」と何度も書いています。しかし、その文章は小説のお手本のように非常に美しく、むしろ澄みきって清潔な印象すらあります。「きれいな文章ってこういうことか……!」と再読するたびに感動してしまいますし、各短編を読み終えるたびに「なんで芥川賞をとれなかったんだ……!」と叫びたくなります。

私たちが知っている世界や日常の光景を美しく描くことのできる作家の文章ももちろんすごいのですが、絶対に人が体験できない領域(今回で言えば死後の意識)について説得力をもって描ける作家の文章は、やはり桁違いで、良い意味でやはり異様です。

死や自殺など、恐ろしい言葉が並んでいます。しかし、人生のある時期にそういう言葉に惹きつけられた経験がある人は意外と多いのではないかと思います。例えば太宰治の作品がそうであるように、普遍性のあるテーマは時代が違えどその時々の若者たちに届く力を持っていて、『星への旅』もまた今の若い読者に響く作品であると思います。

(新潮文庫さん、夏の100冊フェアに『星への旅』を入れてください……)

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【3冊目】『女ことばと日本語』中村桃子(岩波新書)

『女ことばと日本語』中村桃子(岩波新書)
<「まあ、あんまりうまくいかなかったわねも練習のつもりで簡単な呪文を試してみたことがあるけど、みんなうまくいったの家族に魔法族は誰もいない。」>
(著者が引用として付した引用中の傍点を太字に置き換えています)

J・K・ローリングによるハリー・ポッター・シリーズの第1巻『ハリーポッターと賢者の石』の中で、女子生徒のハーマイオニー・グレンジャーが初めて登場するシーンはこのように翻訳されています。

本書でも引用されているこのセリフが象徴するように、海外小説の翻訳には日本人女性が普段ほとんど使わないような典型的な「〜わね」「〜わ」「〜の」といった「女ことば」が採用されることが多く、エマ・ワトソンが演じた映画版ハーマイオニーの日本語吹き替えにおいても同じような「女ことば」が使われています。

女の子が乱暴な言葉遣いをすると「女の子なんだからもっと丁寧なことばを使いなさい」と注意されることがあります。男の子も、乱暴な言葉を使うと注意されることはありますが、「男なんだから」とは言われません。

なぜ女性だけが言葉遣いによって「女らしさ」を表現することを期待されるのか。著者の中村桃子は、女らしさの規範、西洋近代との親和性、家父長制の家族制度など、さまざまな意味づけによって「女ことば」が形成されてきたことを、言語学やジェンダー研究の知見から読み解きます。

いつの世も日本語は日本社会を色濃く反映していて、それを歴史的に振り返ることは現代の問題(例えば大学が女子受験生の点数を故意的に減点していた問題や、現代の女性の生き方を表現しようとした大手百貨店の新聞広告の炎上など)の理解にも通ずる話なんだと思います。

「どのような内容のことばを発するか」と同じくらい「どのようなことば遣いで話すか」は大きな意味を持っていて、少し立ち止まって考えてみると新しい気持ちで言葉と向き合うことができると思います。そこに性差はありません。

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【4冊目】『弱いつながり 検索ワードを探す旅』東 浩紀(幻冬舎文庫)

『弱いつながり 検索ワードを探す旅』東 浩紀(幻冬舎文庫)

批評家・哲学者である東浩紀が、「哲学とか批評とかに基本的に興味がない読者を想定した」という本書。若者よ旅に出よ!と呼び掛ける本ですが、よくいわれる「インターネットを捨てて旅に出よ!」ではなく、むしろ「インターネットにより深く潜るために旅に出よ!」と喚起しています。

例えば、僕とあなたが同じ言葉をGoogleで検索してみても、検索結果として表示される情報は異なります。それは、Googleが「○○さんだったらこんなことが知りたいだろう」と予測して検索結果をカスタマイズしているからです。自分専用になったGoogle検索は自分好みで使い心地の良いものです。しかし、興味のないものに関する情報はGoogleが作り出す視界によって入ってこなくなります。自由に検索しているつもりでいて、実はGoogleが取捨選択した枠組みの中でしかない。つまり、今のネットは自分が見たいものしか見えなくなっているわけです。

そんな「Googleによって作られた自分らしさの檻」を打破するためには、意図的に環境を変え(つまり旅をして)、Googleが予測できない言葉を手に入れよ、ということをこの本では提唱しています。

自分の世界を拡げるノイズとして旅を利用すること。旅に過剰な期待をせず(自分探しはしない!)、自分の検索ワードを拡げる経験として、クールに付き合うこと。

年齢を重ねれば重ねるほど価値観や常識観は凝り固まっていきがちです。知識は増えているにもかかわらず、視界に入らない情報や選択肢も同様に増えていきます。そしてそのことに無自覚になっていきます。本においてもそれは同じことです。たとえそれほど興味がないジャンルでも、少し棚の前に立ち寄ってみるだけで、普段は触れない言葉やビジュアルで溢れ返っていて楽しくなります。新しい検索ワードを見つけるための小さな旅になるでしょう。

面白い本に出会うと「もっと若い頃に読みたかった……!」と思うことがまれにありますが、本書に関してはむしろ「これから歳を重ねていくたびに重要になる本だ……!」と感じる稀有な性質を持っています。

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【5冊目】『2030年 世界はこう変わる アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」』米国国家情報会議(講談社)

『2030年 世界はこう変わる アメリカ情報機関が分析した「17年後の未来」』米国国家情報会議(講談社)

タイトルからも分かる通り、近い将来の各国国勢の移行を予測した本です。アメリカには「米国国家情報会議」という、近未来を予測するために作られた機関があります。ここで作成されたレポートはアメリカ大統領に渡され、それを基にアメリカがどのような国家戦略を採るべきかが練られています。本書はそのレポートの一般公開バージョンです。

なぜこの本を紹介するかというと、これが“本”であるからです。こういった国家レベルのデータや未来予測はインターネットで調べることもできますが、ソースがでたらめなものや、どこかの誰かがアクセス稼ぎを目的として過剰に煽ったタイトルを付けた記事などが氾濫していて、ネットから信頼できる情報を見つけ出すのはなかなか肩の凝る作業です。こうした情報に関しては、玉石混交なネットの海で探し回るよりも、書籍としてパッケージングされたものをサクッと購入した方がスマートな選択なんじゃないかと思います。

「世界はこう変わる!」とうたう本を見ると、トンデモ論じゃないかと身構えてしまいがちですが、人口構造の変化や食料・水・エネルギーの問題など、ある程度の水準で予測できる事柄が並んでいます。そこから導きだされる結果──中国の「世界一の経済大国」としての地位が意外と短命となる可能性や、サウジアラビアが石油の輸入国になる可能性、歴史上はじめて世界人口の過半数が貧困層を脱却する見込みなど──を知っておくことは、生活に直結しないようでいて地味に関係してくるでしょうし、都市部ではもうおなじみとなったインバウンド消費する外国人観光客の見え方もきっと変わってくるはずです。

本を読むことは、世界の見え方を変えることでもあって、それは小説にも漫画にも絵本にもビジネス書にも共通して言えることだと思います。

当然ですが、未来がどうなるかなんて本当のところは誰にも分かりません。でもだからこそ今、分かる範囲で予測できる数値や傾向を、ぼんやりとでも把握しておくことが大事なんじゃないかなと思います。ちなみに、本書の中で日本についての記述はほんの数行で済まされていて、きっとそれが将来の日本のリアルな存在感なんだろうという感じです。

本書の主な購買年齢層は比較的高めかと思いますが、高校生や大学生が進路決定や就職活動の前に読んでおくと、直接的な進路案内にはならずとも、視野がぐっと広がるんじゃないかと思います。

本書の発売は2013年。2019年1月現在ですでに顕著化し始めている流れもあれば、今はまだ想像もできないような予測もあり、読み物としても面白いですし、これが書籍として1,000円(税別)で売られていることがもっと知られてほしいです。

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人は大抵、膨大なジャンルを取りそろえている本屋においても、同じようなジャンルの棚にばかり足が向いてしまいます。僕の場合はどこの本屋に行っても文庫棚や文芸書棚ばかり眺めていました。書店で働き始めてからようやく「こんな棚があったのか」と視界に入ったジャンルの棚がたくさんあります。芸術書とか理工学書とか児童書とか宗教本とか学習参考書とか……。

普段関心の薄いジャンルはつい素通りしてしまいがちです。この記事を通じて、普段とは違う読書の領域に踏み込んでみてもらえたらうれしいです。

著者:潮見惣右介id:shiomiLP

潮見惣右介

元書店員/ブロガー。小説とか音楽とかポップカルチャーとか。
ブログ:無印都市の子ども
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