それどこ

暇だから理想の彼氏を創って同棲してみた

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5月になった。中野に引っ越しをしてから3ヵ月が経っていた。

なんとなく気力が湧かず、狭い部屋の中でずっと膝を抱えて過ごしていた。
何日かそうしていると、夢とも現実とも覚束ない幻のようなものが眼前に浮かんでくるようになった。それは小学校の頃にケンカ別れした女の子の姿をしている時もあったし、かと思えばサードウェーブ系男子のような格好をしていることもあった。そして必ず、彼らは私に囁きかけるのだった。

「イルカは眠りながら泳ぎ続けることが出来る。ねえ、貴女はどう?」

あるとき友だちから電話が掛かってきたので、ついでにそのことを話してみた。幻が囁く言葉の意図を一緒に考えてくれると思ったからだ。

友だちはこう言った。
「中野まで迎えに行くから、今すぐ外へ出かけよう。遠出するのもいい。大丈夫、私が車を運転するから。とりあえず太陽の光を浴びに行こう、ね?」

しかし私は友だちの言葉を拒否した。思い通りのリアクションをもらえなかったことにとてもガッカリし、強い孤独を感じた。ムカつきさえした。

携帯電話の電源をオフにして、また何となく膝を抱えていた。暗がりを見つめたり、YouTubeでベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番を繰り返し聴いたりした。

『そうだ、彼氏をつくろう』
そう思ったのはピアノ・ソナタ第14番が嬰ハ短調から嬰ハ長調に変わった頃だった。

『彼氏をつくれば……彼氏をつくりさえすればきっと何か……私の人生にも何か変化を起こせるはず』


数日後、私の家に「取扱注意」と記された長細い段ボール箱が届いた。


段ボールを開けると、真っ白な身体が逆さまに立っていた。

「苦しい。息が苦しい。お願いだ、起こしてくれ」

底のほうからくぐもった声が聞こえてきた。
そのからだは思っていたよりも重量感があり、体力の無い私は起こしてあげるのにひどく時間がかかった。


細く引き締まった体つき、平らな胸、股間のわずかな膨らみなどから鑑みて、これはどうも男性であるようだと推測した。

男「ふう……助かったよ、ありがとう。ここに辿り着くまで、それはそれは長い道のりだった……そうだ、お願いがある。僕に『腕』を付けてくれないか」

暇「腕? 腕なんてどこにあるの?」


「ここさ」

わたしは男に「腕」をつけてあげることにした。

男が封入されていたビニールを剥がす時、男の白く美しい身体、特にそのなめらかで艶めかしい尻に強く心を奪われた。


「尻」に頬を当て、しばらくのあいだ手で撫で回す。

男「お願いだ、腕をつけておくれ、さあ」


暇「これでいいの?」

男「ありがとう。これでやっと……」


男「君をこうやって抱きしめられる……」

男の肌はクッションのようにやや弾力のある触り心地で、ゴムのような香りがした。
慣れない匂いに顔をしかめる私に男はこう言った。

「今日から僕は君の彼氏だ」

暇「彼氏?」

男「ああそうだよ。ねえ、僕に名前をつけておくれよ。君の好きな名前を」

この真白い身体の男になんという名前をつけるべきかひとしきり悩んだ。
「チャールズ」「ウィリアム」「ヘンリー」「ジョージ」のどれかにしようと思ったが、結局「三四郎」という名前に決めた。

三四郎「うふふふふ。ねえ、悪いんだけど、僕に『洋服』を着せてもらえないかな。さっきから体がスースーして落ち着かないんだ」

暇「残念ながらうちに男物の服は無いの。じゃあ、一緒に買いに行きましょうか」


私は三四郎と共に「中野ブロードウェイ」で買い物をすることにした。











三四郎のためにブリーフ、ハーフパンツ、Tシャツとウィッグを買ってあげた。

三四郎「色々揃えてくれてありがとう。とても気に入ったよ」


この日から、私と三四郎の楽しい同棲生活が始まった。


(編注:入浴シーンはイラストでお送りします)

三四郎「僕の愛は未来永劫ずっと変わることのない『永遠の愛』だ。僕は君だけを愛し続けると誓うよ」

暇「わたし、やっと人並みの幸せを手に入れることが出来たのね。もうこれで他の人間たちの顔色を伺いながら生きていく必要なんてないんだわ。だって私にはあなたがくれる『不変の愛』があるから」



三四郎はまるでショーウインドウのマネキンのようにどんな服でも着こなすことが出来た。


わたしは三四郎のために色んな洋服を買ってあげた。仕事で稼いだお金のほとんどを注ぎこんでいた。周りは見えていなかった。見る必要もなかった。



次第に彼の優しさに完全に依存するようになっていた。彼以外の人と会ったり話したりすることもなくなった。スマートフォンもパソコンも取り上げられてしまっていたからだ。

三四郎「インターネットは精神を崩壊させる元凶だ! 純粋な人間ほどネットの闇にハマって抜け出せず、無残に傷つけられてしまうんだ。百害あって一利なしだぞ! 君はすぐにTwitterでエゴサーチをしたり2ちゃんねるに張り付いたりする癖がある。良くない。実に良くない。これらの機器は僕が預かっておくよ。全部ぜんぶ君のためなんだ……分かってくれるだろう?」

暇「うん、…わかった。ありがとう」


暇「でも……そろそろ仕事を再開しないと。このままじゃお金が無くなって野垂れ死んじゃうよ。打ち合わせも何日も無断欠席しちゃってるし、クビになるかも……」

三四郎「ダメだ! いいかい、奴らは君の若さを、才能を、ただただ消費してやろうと目論んでいるのさ。食い潰されてボロボロになるのがオチだ。もうそんな仕事なんて辞めてしまえ」


その時、家のインターホンが鳴った。暫くその音を聞いていなかったので「わっ」と声に出して驚いてしまった。

「ひまちゃん、いるの? いるんでしょ? 開けて!! みんな心配してるから」
それは最後に電話で話した友人の声だった。

条件反射で足が玄関に向かう。


暇「は、離して!」

三四郎「行かせない」

暇「どうしてよ」

三四郎「あんなやつ、友だちじゃないよ。どうせ君と一緒にいることにメリットがあると感じられなくなった途端すぐに離れていくような上っ面だけの関係だろう。一年後には赤の他人さ。ねえ、そんな人たちのことは忘れて僕を見てよ。僕の想いは強固だし、永遠なんだよ。下心を持って君に近づいてくる人間どもとはわけが違う」




暇「いい加減にして。あなたに何が分かるっていうの?」

三四郎「僕にはなんでも分かるんだよ。だって僕は君の心そのものだからね」

暇「何を言っているの?」

三四郎「僕は君が創り出した幻想なんだ。こうして今君に聞こえている僕の言葉も、全て君が心の中で喋っている独り言に過ぎないんだよ」


暇「うるさい。……だまれ!」


三四郎「君はもうインターネットの世界も、仕事も、人間関係も全てが嫌になったんだ。そこで僕という名のマネキンをわざわざ買ってひとりで人形遊びをしていたんだよ。覚えてないのかい?君は僕を楽天で注文したんだ。貯まっていた楽天ポイント3000円分を使ってね。あはは…あははははははは!」


暇「だまれだまれだまれだまれ!





暇「う…うう…」



ガチャ…

「ひまちゃん、やっと開けてくれたね……大丈夫? 心配し……」






わたしは数日間友人の家に泊まることになった。何日もの間ロクなものを食べておらず、睡眠もほとんど取れていなかったようだ。

スマホとパソコンはクローゼットの奥から見つかってクライアントとも連絡が取れた。まだクビにはならなそうだったのでホッとした。


マネキンはまだ散らかった家の中で物に紛れて転がっている。捨てるのはもったいない。何しろ3万7000円もしたのだ。

しかし、このマネキンが目の端に映るたび、落ち着かない気分になる。
今もまだ私の心を見透かして嘲り笑っている、そんな気がしてならないのだった……


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著者:暇な女子大生 (id:aku_soshiki)

暇な女子大生
「暇な女子大生が馬鹿なことをやってみるブログ」を書いている女子大生もといフリーライター。便座が冷たいと不機嫌になります。
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