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年間120冊読書する『スゴ本』中の人が選ぶ「10年前の自分に読ませたい」珠玉の6冊

年間120冊も本を読む、『スゴ本』中の人が悩みに悩んで選び抜いた「10年前の自分に送りたい本」6冊を紹介します。

「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」の中の人、Dainと申します。古今東西のスゴ本(凄い本)を探しまくり読みまくってます。今回は、過去読んだ本の中でも「これ、もっと早く読みたかった!」というスゴ本をご紹介しよう。

人生を何十年もやっていると、さまざまなハードルに出くわすことになる。それは、人間関係のトラブルだったり、仕事や結婚生活に立ちはだかる問題だったりする。解決するために、それなりの準備が必要で、時間がかかり、そもそも全貌を捉えるのにも一苦労するやつ。

人生が用意するハードルを越えたり潜ったりするため、先人の知恵を借りるべく、さまざまな本を読んできた。たいていは、試行錯誤と苦労の連続でしのいで、ずっと後になって、知りたかった一冊にたどりつく。これを最初に読んでおけば、あんなに苦労しなくても済んだのに、もっと上手く対応できたのに!

そんな、「あのときの私に読ませたい本」を選んだ。タイムトラベルならぬタイムデリバリーできるなら、いらぬ苦労をせずに済むよう、もっと楽に人生を過ごせるよう、10年前の自分に送りつけたい。

※ 編集部注:以下には、作品内容に触れる情報が含まれています

死にたいほど悲しくなったときに、寄り添ってくれる本/『なぜ私だけが苦しむのか』クシュナー(岩波現代文庫)


辛かった時期の自分に渡したかったのが、『なぜ私だけが苦しむのか』だ。強い喪失感で心が痛いときや、死にたいほど悲しくなったとき、このタイトルだけでも思い出してほしい。

もちろん、苦痛にさいなまれているとき、本など読んでいる余裕なんてない。日々なんとか死なずにしのぐので精いっぱいだ。突然、わが身に降りかかった災厄──病や事故、わが子や配偶者の死──から立ち直れず、「なぜ私がこんな酷い目に遭うのか?」と悲嘆に暮れているとき、他のことなんて考えることすらできない。

著者自身が、そんな目に遭ってきた。まだ幼い息子を病で喪って(うしなって)しまう。なぜ、こんな目に遭うのか。何か悪いことをしたのか? 神の試練なのか? 理不尽と思える不幸と絶望の淵で、聖書に問いかける。これは、現代の「ヨブ記*1」なのだ。そこで彼が掴み取ったのものは何か。

著者はいう、これは、神がひきおこした災厄ではないと。世の中には、理由のない不幸が確かに存在するが、それは神がもたらしたものではないというのだ。神は災厄の側ではなく、犠牲者とともにいる。人に運命を選ばせるという自由を与えた以上、人がどんな選択をするのかを、神はコントロールすることができない。たとえ、それが隣人や自分自身を傷つけるとしてもだ。

だから、どんなに悲惨なときでも、怒りに我を忘れて「神よ、なぜわたしだけが苦しむのですか?」と問うのではなく、「神よ、この困難に立ち向かう勇気を、わたしにください」と祈れという。

大切な人を喪ったとき、非道な目にあったとき、この本を読んだという記憶があれば、わずかでも和らぐことがあっただろうに。「本棚のあそこにある」と思うだけで勇気づけられる、保険のようなこの一冊に、もっと早く出会いたかった。

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人類の叡智(えいち)を結集した一生モノの本/『アイデア大全』読書猿(フォレスト出版)


知らない人は損してる最たる本は、『アイデア大全』

いわゆる発想法の本みたいな顔つきだが、即効を謳う安直なサプリメント本ではない(すぐ効く本は、えてしてすぐ効かなくなる)。これは、計画的な問題解決のための人類の叡智(えいち)を結集した本なのだ。目の前の壁をクリアするため、古今東西の賢人の知恵をどのように借りて、どうやって適用させてゆくか、その具体的な準備と実践が書いてある。

たとえば、インキュベーション*2の仕込みとして「獺祭(だっさい)」という手法がある。かわうそが捕えた魚を自分の周囲に並べる様子を、ちょうど神に供えているようだとして「獺祭魚」と呼び、転じて詩文を作るときに書を広げ散らかして想を練ることを「獺祭」というそうな。これ、私も実践している。畳の上に資料を並べ、あれこれ入れ替えてるうちに着想することがよくある。散らかした資料の上を、物理的に転げ回ることで、アイデアがつながってゆく。

あるいは、人生の師匠/メンターを決めておき、行き詰まったときに召喚する「ルビッチならどうする?」がある。映画監督ルビー・ワイルダーにとっての師匠エルンスト・ルビッチから命名された手法である。本書が凄いのは、そこから孟子にとっての師匠「孔子ならどうする?」につなげ、「私淑*3」の具体的な方法論に展開しているところだ。ワイルダーと孟子を串刺しで発想できるのは、本書の第9章「アナロジーで考える」を実践している証左(しょうさ)なり。

他にも、知の充填「抜書き(ぬきがき)」や、言い換えによる模索「シソーラス・パラフレーズ」、問題のドラスティックな構造化「対立解消図」など、一生モノというべき技法がずらりと並ぶ。アイデアを生むノウハウだけでなく、認知科学からの裏づけや歴史的経緯を説明することで、「新しい目」が得られる教養書といっていい。知ると知らぬとでは、その後の人生が大きく違ってくる。それだけにできるだけ早く出会っておきたい一冊といえる。

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親になったら絶対に読みたい本/『子どもへのまなざし』佐々木正美(福音館書店)


子育てで一番大変なときに読みたかった一冊、『子どもへのまなざし』。育児に悩む全ての人に届いてほしい。

小児科医として臨床に携わってきた筆者が、どのように子どもと向き合えばよいかを説く。私は子育てと同時進行で読んだが、できれば、子どもが産まれる前に手元に置いておくべきだったと悔やまれる。いわゆる育児マニュアルではなく、基本的な考え方や気付きを促す本だから。

本書のそこかしこに、「ゆったりとした、やさしい気持ちで子育てをしてほしい。なぜなら、そうしたあなたを見て、子どもは育つのだから」というメッセージが込められている。そして、子育てで最も重要なものは、「信頼」だと強調する。信頼はひとりでに生まれるものではない。子どもの場合、最初に向き合う人=親を通じて育まれる。そのためには、どうするか?

それは、「子どもの望む親になる」ことだという。

「理想的な育児があるとしたら、親は赤ちゃんが望んでいることを、望んでいるとおり、全部そのとおりにしてあげるということです。そのことが、子どもが人を信頼できるようになる、第一歩だと思うのです。」*4

空腹のとき、オムツが濡れたとき、さびしいとき。このような場面では、赤ちゃんは泣くことでしか気持ちを伝えることができない。親は、その望みの一つ一つにできるだけ応えてあげなさいという。

もちろん100%は無理だし、ギャン泣きで寝かせてくれない夜も多々あった。それでも、私がしている行為には、そんな意味があったのだ、と諭してくれるのはありがたかった。

他にも、しつけのコツは「待つこと」だとか、子どもは大人の準備期間ではないから、子どもの「今この瞬間」をハッピーにしなさいといった指摘は、思わず膝を打つものがある。親をする心構えと示唆に満ちた、もっと早く読みたかった一冊。

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仕事にも応用できる世の中の仕掛けを知る本/『プロパガンダ』アンソニー・プラトカニス/エリオット・アロンソン(誠信書房)


『プロパガンダ』は、広告・宣伝のからくりを見抜く一冊。

「だまされた」と思わせずに大衆をだますテクニックがわんさと紹介されている。もっと早く読んでおけば、コマーシャルで衝動買いしたり、マスメディアの詭弁(きべん)に誘導されることはなかっただろう。

大衆を説得し、積極的に賛同させることがテーマだが、あたかも自分自身の考えであるかのように、自発的に受け入れるように仕向ける技法が素晴らしい。誉め言葉としては最悪かもしれないが、ナチスやカルトを興すノウハウがたくさんある。

たとえば、「返報性の原理」。人から何かしてもらったら、お返しをしなければという感情を抱くが、これを利用することで、小さな貸しから大きな見返りを得ることができる。そして、その貸しから購入につなげるときに、行動の一貫性を保ちたいがために「一貫性の原理」が働く。スーパーの試食や、ゲームの「無料でも遊べます」がそれ。

また、高額のものをお薦めした後に低額のものに切り替えると、(相手が譲歩したということで)客は断りにくくなるテクニック「ドア・イン・ザ・フェイス」や、小さな「YES」を積み重ねて要求を吊り上げる「フット・イン・ザ・ドア」が紹介されている。

読むと「あるある」だらけで空恐ろしくなる。だまされた、ということに気付かないだけでなく、自分で選んだのだと信じて疑わない信者になっていることに気付くのだから。

「プロパガンダ」は決して表に出てこない。だからこそ、目から鱗を振り払うため、もっと早く読みたかった一冊。

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料理は自由であることを教えてくれたバイブル/『檀流クッキング』檀一雄(中公文庫)


安くて野蛮でやたら旨いレシピ本『檀流クッキング』。料理はもっと好きに自由にしていいと、背中を押される。

料理が日常になると、投稿型のレシピサイトでは我慢がならなくなる。調味料でねじ伏せる態度や、やたら厳密性を求める性格が鼻につくようになり、いつしか「人」を探すようになる。

そこで出会ったのが、『檀流クッキング』。文壇随一の名コック・檀一雄が著した、読んで楽しいレシピエッセイなり。もっと早く出会っていれば、調味料からも厳密さからも自由になっていただろう。

完全分量度外視の原則を貫き、調味料至上主義をせせら笑うレパートリーが並んでいる。「塩小さじ1/2」みたいな厳密性を突き抜けて、塩の量がいかほどと訊かれたって、答えようがない、君の好きなように投げ込みたまえ、と言い切る。

それでも、「ゴマ油だけは、上質なものを使いたい」とか、「暑いときは、暑い国の料理がよろしい」のように、妙な(だがスジの通った)こだわりが出てくる。おそらく、ない材料はなくて済ませはするものの、「これは外しちゃダメだ」という最低限の勘所だけは伝えたいのだろう。

おろし和えや白和えや、蒸ナスといった一品から、イカのスペイン風(プルピードス)、鶏の手羽先(和・洋・中)など、ひと手間をかけたものまで、お世話になった。なにより、「読むと作りたくなる」のが大事。写真もイラストもないのに、文字だけでソソる上手さ(美味さ?)がモチベーションを上げる、バイブル的料理本。

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自分の人生を豊かにしてくれる文学作品/『ストーナー』ジョン・ウィリアムズ(作品社)


一度しかない人生を、一度きりにさせないために、文学がある。『ストーナー』は、それ実感させてくれる一冊。

「後悔しない人生を」なんてスローガンみたいなもの。どう生きたって悔いるもの。何を選択したところで、「ああすればよかった」と振り返る。むしろ、そもそも選択肢なんてあったこと自体に、後から気づいて後悔する。

文学の理由は、そこにある。文学は、人生のエミュレータ*5なんだ。美しいものからおぞましいものまで、言葉にできないものを言葉を通じて知ることが、文学をすることだ。そこに描かれる個人的な体験に普遍性を見いだし、自分の価値観と交錯させる。そうすることで、「ああすればよかった」は「これでいいのだ」に代わるかもしれない。また、選択までの葛藤込みで、生きることを堪能できる(何度でも)。

『ストーナー』の人生もそこに加わる。ひとりの男が大学教師の道を選び、そこで生きていく物語が、端正な語り口で淡々と描かれる。不器用で平凡ではあるけれど、ひたむきで真摯に仕事に取り組む姿は、誰かにとっての「ありえたはずの人生」や、「ありえなかった生活」とシンクロするかもしれない。

生きていくうえで、誰もが出会いや別れ、死、裏切りに見舞われる。最もやっかいな、人間関係の軋轢(あつれき)に、一番多くの時間と労力を吸い取られ、悩まされる。そんな運命を受け入れ、やれることを精一杯やり、「なにか」を成し遂げようとする。悲しみに満ちた中でも、ささやかな喜びを見いだし、それを大切に守り通そうとする。

文学は、一生を二生にも三生にもしてくれる。彼の一生を、もっと早く知っていれば、私の「ありえた」人生がもっと豊饒(ほうじょう)になっていただろう。

§§

……さて、「10年前の自分に読ませたい本」として紹介した6冊のはいかがだっただろうか。こういう、生活や、考え方や、人生そのものを変える凄い本を、「スゴ本」と呼んでいる。あなたにとっての「もっと早く読みたかったスゴ本」があれば、ぜひお薦めしてほしい。

なぜなら、わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいるのだから。

著者:Dain

Dain

ブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」 の中の人。気になる本を全て読んでる時間はないので、スゴ本(凄い本)を読んだという「あなた」を探しています。
ブログ:わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる
Twitter:スゴ本の中の人 (@Dain_sugohon) | Twitter

*1:悪い事をしていないのに苦しまねばならない、という「義人の苦難」をテーマで書かれた旧約聖書に収められている書物

*2:起業や新事業の創出を支援し,その成長を促進させること

*3:ししゅく・直接教えは受けないが、ひそかにその人を師と考えて尊敬し、模範として学ぶこと

*4:佐々木正美『子どもへのまなざし』福音館書店(1998年)p.114

*5:模倣装置

社会的責任[CSR]