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『ゴールデンカムイ』(野田サトル)のカネ餅を囲炉裏で再現してみた【マンガ食堂それどこ店 6品目】

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この連載は一応「マンガに登場するキッチンツール(調理道具)」をテーマにしているのですが、今回はちょっと趣向が違います。

「楽天さんでは(たぶん)買えないものを使うんですけど……」と、ダメ元で提案したのは、野田サトル先生の「ゴールデンカムイ」に登場する「カネ餅」の再現。

血湧き肉躍る「闇鍋」的面白さ「ゴールデンカムイ」

「マンガ大賞2016」大賞を受賞し、「このマンガがすごい! 2016」オトコ編でも2位に輝いた本作。マンガ好きはご存じの方も多そうですが、知らない方のためにストーリーをざっくりご紹介します。

明治末期、日本、北海道。網走監獄に「のっぺらぼう」と呼ばれる死刑囚の男が収監されていた。彼はアイヌ民族から莫大な金塊を奪い、その隠し場所を示す「暗号」を24人の囚人たちの体に彫った。脱獄して各地に逃亡した囚人たち全員の皮膚を集めれば、金塊の在りかが解読できる。日露戦争帰りの不死身の男・杉元佐一、アイヌの少女・アシリパ*1を中心に、さまざまな思惑で一攫千金を狙う人物たちが絡み合っていく――というお話です。

本作には、マカロニ・ウエスタンならぬ「和風闇鍋ウエスタン」という宣伝文句がつけられていますが、どう転ぶかわからない予測不可能なストーリーや、魅惑のアイヌグルメ、変態上等なキャラクターたちなど、「要素盛り込みすぎ」のごった煮加減が最高に面白いです。今もっとも熱量のあるマンガのひとつではないでしょうか。

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今回再現する「カネ餅」は、8巻に出てくる食べ物。

クセの強いキャラクター陣のなかで、数少ない(?)真面目キャラ・谷垣源次郎が、上司である鶴見中尉に自身の過去を語るシーンで登場します。

(C)野田サトル/集英社

陸軍に入る前は、秋田・阿仁のマタギ*2だった谷垣。カネ餅はマタギの非常用携帯食で、彼の説明を引用すると、

米粉に水を加えて味噌か塩を混ぜ よくこねて葉っぱに包んで
囲炉裏の灰の下で蒸し焼きにするものです

という食べ物。

地域によっては「味噌は厳禁」など決まりごともあるようです。谷垣は自分のカネ餅にはこっそり手を加えていたようで、マタギ仲間でのちに義弟となる青山賢吉は、その隠し味を「クルミだ」と言い当てます。

(C)野田サトル/集英社

このシーンが、後の谷垣の「復讐」の結末への伏線となっていて、読む者に強烈な余韻を残します。


ここまで読んだ方は、

「で、どこにキッチンツールが出てくるんだ?」

と疑問に思われるかもしれません。


谷垣のカネ餅の説明に戻りましょう。


囲炉裏の灰の下で蒸し焼きにする


……そうです、今回の調理の主役は「囲炉裏と灰」です。

灰の中で焼く? 「カネ餅」の作り方と阿仁マタギの食文化

とはいっても、囲炉裏と縁遠い暮らしをしている自分には、この調理方法がまったく想像つきません。

信州では灰を使って焼く「灰焼きおやき」が観光名物として今でも存在するようですが、「カネ餅」はさらに葉でくるんで焼くようです。ちゃんと焼けるの? 灰の中で……?

不安でいっぱいなので、再現に取り掛かる前に、マタギに関する本を読んで「カネ餅」にまつわる情報を集めました。

それどこ編集部さん経由で野田先生から教えていただいた書籍『マタギ 消えゆく山人の記録』によると、

北秋・阿仁マタギは生米の粉を味噌か塩で味つけし、よくこねる。
そして、イロリの灰の下で葉っぱに包んでホド蒸しにする。丸いのとだ円形の二種類を作る。

出発に先立って、山神に備えてから持参するので、信仰上の意味のある非常食でもある。

引用:『消えゆく山人の記録 マタギ』(太田雄治/翠楊社)

とのこと。

単なる非常食以上の意味を持つカネ餅、どんな味がするのでしょうか。

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いざ「カネ餅」を作ってみよう

前述のとおり、今回の調理のキモとなるのは「囲炉裏」。

しかし私は、七輪さえ使うのをはばかられるしがない賃貸住まい。さてどうしよう……と思案していたところ、都内で囲炉裏が使えるレンタルスペースを発見!

お世話になったのは、荒川区・南千住の「モリタヤ酒店」というお店。1階は下町らしいレトロな角打ち&酒屋さんですが……

2階の古民家風のお部屋をレンタルスペースとして貸し出しています。隣の部屋には、簡単な調理ができるキッチンもありました。ここでいざ、再現スタート。

  • 材料
    • 上新粉(秋田産うるち米)
    • クルミ
    • 味噌(秋田・阿仁町のもの)
    • 朴葉
    • イグサ

「米粉じゃなくて上新粉?」と疑問に思われる方がいるかもしれませんが、市販品の米粉は近年、小麦粉の代用品としてのニーズが増えたことと製粉技術の発達により、微細なパウダー状になっているものが多いのです。

一方、上新粉もうるち米を粉にしたもので、れっきとした「米粉」なので、昔ながらに近いと思われるほうで作ることにしました(ほんとは石臼で米を挽くところからやってみたかったのですが……)。

まずは、クルミをすり鉢でペースト状になるまですりつぶします。ピーナッツクリームくらいのなめらかさになるまで、根気よく。

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ボウルに上新粉を入れ、熱湯を注いで箸でかき混ぜ、粗熱が取れたら手でよくこねます。

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阿仁の味噌とクルミのペーストを加えて……

餅のねばりが出てくるまで、さらによくこねます。今回はすぐ次の工程に移りましたが、こねた餅を棒状にまとめて、ラップをして数時間寝かせたほうがなめらかな食感になります。

打ち粉をして、円形と楕円形に整えます。マタギはこれを2個1組で持ち歩くそうで、円形は太陽、楕円形は月を意味しているとか。

生地が葉にくっつくのを防ぐためフライパンで表面を軽く焼きます。焼かなかった餅がどうなったかというと……(後述)。

全体をしっかり覆うように、葉で餅を包みます。資料には餅をくるむ葉の指定がなく、今回は朴葉にしてみました。焼く際に灰が入らないよう、大きめの葉のほうが扱いやすいと思います。

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ほどけないよう、イグサをしっかり結びます。

いよいよカネ餅を囲炉裏に投入

囲炉裏の前に並べると、すごい日本昔ばなし感。ここは本当に東京23区か。

いざ囲炉裏と灰を前にすると、どう使いこなせばいいのかわかりませんが、ひとまず灰をかきわけて穴を掘り、餅を入れて灰をかぶせます。

どの位置で焼くのがベストか検証するために、あちこちに入れてみました。

30分ほど経ったころ、様子を見てみると……。

炭の真下に埋めたものは、炭と化しました……南無。

逆に炭火から遠くに置いたものは、火が通らず生っぽいまま。そして灰が朴葉をすり抜け、予想以上に激しく侵入してきます。ちなみにこのカネ餅は表面を焼いていなかったので葉に生地がくっついています。


……現代人、囲炉裏ナメてました。火加減めっちゃ難しいよこれ……。


せっかくレンタルまでしたのに、失敗して終わるのだろうか、と暗澹(あんたん)とした気持ちになっていたところ、火の番をしてくれていた編集さんが、「灰焼きのコツ」をいつのまにか習得……!

コツは灰を掘って餅を入れる際「炭火に近いところにある、熱々の灰をかける」こと。

フレンチで、調理中に出た油を食材にかけながら焼く「アロゼ」という技法がありますが、灰焼きの場合もそれが正解ということでしょうか。

灰と格闘しながら(全身がうっすらと灰まみれです)、なんとか焼けた「カネ餅」たち。いざ試食です。


正直、今回の再現について、味はあまり期待していませんでした。食べられるものになったらいいな……くらいの気持ち。

しかし、食べてみると意外にもおいしい! 「地味おいしい」という言葉がぴったりの素朴ながらクセになる味。

(C)野田サトル/集英社

杉元のセリフにあるように、味噌の塩気とクルミの風味がほんのり感じられ、表面は香ばしい。焼きたてはやや粉っぽいですが、冷めるとコシのある餅らしい食感になります。


何とか形になってホッとしたものの、湧き上がるのは「なぜこんなややこしい焼き方をせねばいかんのだろう」という疑問。網の上で炭火で直接焼いたほうが絶対早いのではないか。


そこで、以下3つの調理法も試してみることに。

  • A.直火で焼く
  • B.葉に包んで直火で焼く
  • C.アルミホイルに包んで灰の中で焼く


結果、ABは火の通り加減がわかりやすく手も汚れにくいですが、味がイマイチ。半生のおせんべいのようで、蒸し焼きのようなホックリした食感が出ないのです。

一方で、Cのアルミホイルは朴葉に比べ扱いやすく、味に遜色もありません。ただ、朴葉で焼いたときのような独特の風味はつかないので、味の面ではやはり作中の焼き方に軍配が上がりました。

というワケで、やはり「葉っぱにくるんで、囲炉裏の灰で蒸し焼きにする」という調理法は、大変だけど理にかなっているのだなあ、と実感。

余ったカネ餅は持ち帰って、後日カ●リーメイトがわりに会社で食べてみましたが、やはり米粉だけに少量でも腹持ちがいいです。さすがマタギのサバイバルフード!

結論:囲炉裏は偉大だ

しかし囲炉裏も灰も、暮らしのなかで身近な調理道具だった時代から100年も経っていないというのに、私たちはここまで使い方を忘れてしまったのか、と失ったものに思いをはせてしまいます。

今後の人生でまた囲炉裏と触れ合う機会があれば、もうちょっとうまく使いこなせるようになっているかしら……。

ちなみに楽天で「囲炉裏」を調べたら、座卓式のものはちゃんと売ってました。ネットをなめてはいけないですね……。

hb.afl.rakuten.co.jp

撮影協力/モリタヤ酒店

「マンガ食堂それどこ店」アーカイブ

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著者:梅本ゆうこ

梅本ゆうこ

1979年大阪府生まれ、関東在住。 会社勤めのかたわら、2008年よりブログで漫画に登場する料理(マンガ飯)の再現に取り組む。2012年にリトルモアより書籍「マンガ食堂」を刊行。
ブログ:マンガ食堂 Twitter:@pootan

*1:作中では小文字の「リ」を使用

*2:東北地方や北海道の山中で、古い猟法でクマやシカなどを狩猟する人のこと