それどこ

東林間トライアングルで、博物雑貨の海に溺れる〈雨宮まみ「運命のもの、どこで買えますか?」第3回〉

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海福雑貨の店頭に佇む筆者

始まりは、友人のメレ山メレ子さんからの情報だった。昆虫系の雑貨を手作りしているひよこまめ雑貨店さんが、ご主人と一緒に相模原市の東林間近辺に引越して店舗を作る、というのだ。しかもその理由が「そこにすごい店があって、その土地柄に惚れ込んだから」。

引越しだけでもけっこう決断力の要ることなのに、店舗を作ることまで決意させてしまうほどの店とはいったい何なんだろうと興味を持った。その店の名は、海福雑貨。Webにもショップがあるので見てみたら、サイトに掲載されているだけでもめまいがしそうなジャンルの広さと物量がある。なんのお店か? と訊かれても、一言では答えられない。でも、こういうのが好きな人には一発で通じる、そういうお店である。

いつかは行きたいと思っていたら、ついにひよこまめ雑貨店さん夫妻の新しいお店「うみねこ博物堂」がオープンしたと聞き、6月のある週末に駆けつけた。東林間は小田急線の小さな駅だが、駅前におしゃれなカフェがあったりして、開けた空気が心地良い。

うみねこ博物堂に向かって歩いて行く途中には、やはりこのエリアの代表格である手作りの雑貨店「ナツメヒロ」さんもある。ちょっとのぞいてみたが、早速中国風の生地を使ったクラッチバッグが欲しくなった。通りがかったら必ずのぞいたほうがいいお店だ。

■厳選されたものだけに囲まれた「うみねこ博物堂」

うみねこ博物堂さんにたどり着くと、店主の小野広樹さん、ひよこまめ雑貨店のものを作られている奥様の愛子さんがお二人で出迎えてくれた。

うかがったのが日曜日だとはいえ、人通りの少ない場所なのに、店内は混み合っている。店内はすっきりしたシンプルなインテリアで、動物の骨、ガラスの瓶、鉱石、博物画、アンティークのこまごましたもの、昆虫の標本、そしてもちろんひよこまめ雑貨店さんのオリジナル雑貨も紙ものを中心に並んでいる。厳選された質の良いものだけが置かれた空間、という印象だ。

うみねこ博物堂の店内

まず、店主の小野広樹さんに、ここに「うみねこ博物堂」を作った経緯をうかがった。

もともと僕は趣味で古いガラス瓶をコレクションしていて、そこで海福雑貨さんを知ったんです。ツイッター経由でコンタクトを取って、うちの奥さんの雑貨も海福雑貨さんで取り扱ってもらうようになったのが5、6年前ですかね。僕は虫の標本を作っていたので、それも取り扱ってもらえませんか? と打診して、置いてもらうようになったのが3年ぐらい前です。
うみねこ博物堂店主の小野広樹さん
その頃は普通に働いていたので、店を持つことは考えてませんでしたが、このあたりの雰囲気っていいな、というのは来るたびに感じてました。他にも個性的なお店がいくつもあるし、みんな自分の好きなことをやっている人たちばかりだったので。
ひよこまめ雑貨店の作品
そんなとき、去年の6月に職場の環境が変わって、急に「あ、仕事辞めて店やりたいな」って思ったんです。自分の好きな昆虫標本、鉱石、アンティークなどを全部扱う店を作ったら面白いんじゃないかと思いついて、2週間ぐらいでもう決断してました。こういうものを扱うお店でもいけるんじゃないか、という感覚は「いきもにあ*1」や「昆虫大学*2」でお客さんの反応から得たところも大きいですね。
昆虫標本
頭骨
会社を10月に辞めて、即座にこっちに住居を移して、店舗の物件はゆっくり探すつもりだったんですが、11月にあっさり見つかって。店に置く商品の仕入れもしながら、什器(じゅうき)をどうするかとか準備をして、ようやくこの5月にオープンできました。
植物

小野さんは笑顔でそうおっしゃるが、お店って、やろうと思ってそんなに簡単にできるものなのだろうか。素人からすると、こうしたものを一体どこから仕入れてくるのかすら見当がつかない。

買うことについては、コレクターとして虫の業者や海外のショーも知ってましたし、標本は自分たちで作っているので……。ただ、普通のお店と違って、仕入れは簡単じゃないですね。卸問屋に行って仕入れられるようなものじゃないですから。
植物の実
昆虫標本については、作る手間がかかるので、大手には絶対に真似できないものを出している自信はあります。標本自体は、売っている場所はたくさんありますが、こんないいコンディションのものは普通はすごく高いです。うちはかなり安いほうですね。
昆虫標本
鉱石も、控えめに言っても高くはないです。鉱石や昆虫標本を、好きな人しか買わない値段にしたくないんですよね。気軽に踏み込めない値段だと、踏み込むきっかけすら生まれないので、適正価格で最初の一歩を踏み込んできてもらえるようにしたいんです。
鉱石を手に持つ筆者

私は、お店にうかがう前には、うみねこ博物堂さんでウニと鉱石を買うつもりだった。しかし、見ていると決められない。けっしてものが多すぎるわけではないのに、あれもいい、これもいい、と気が散って散ってしょうがないのである。集められているもののセンスが良くて、選びきれないのだ。

ウニなど

石も欲しいが、ヤマアラシのトゲも欲しい。ヘビの骨も欲しい。なんの役に立つのかと問われれば、なんの役にも立たないかもしれないし、部屋のどこに置くか、自分の部屋に合うかなどの基準を持ち出して考えてみても、目の前の風景が素敵すぎて、これさえ置けば自分の部屋が素敵になるような気さえしてくる。

ウニや貝など

そうしているうちに取材時間が終了し、「あとでまた来ます!」と言い残して店をあとにすることになった。普段、わりと決断は早いのに、こんなことは初めてである。

そして、次に訪れた海福雑貨では、さらなる混乱に襲われることになった。

■国も時代も超えた「海福雑貨」のすさまじい密度

海福雑貨は建物の1階で、2階に海福雑貨分室がある。定休日はそれぞれ異なるのだが、金・土・日なら両方開いている。早速1階に足を踏み入れ……る前から、玄関先の多肉植物に目を奪われる。これも売り物なのだ。

海福雑貨(1階)の定休日は火・水・祝日

そして一歩足を踏み入れると、そこにはガラス、作家もののアクセサリー、アンティークの小物、ドールハウスの家具、トレイに食器に小物入れにエジプトの香水瓶の大群、もうとても信じられない光景が広がっている。足元までびっしりものがあるのだ。

海福雑貨(1階)の店内

2階の分室には、鉱石や古書、時計のパーツ、昆虫標本……。1階もびっしりだが、2階は天井からドライフラワーが吊り下げられ、頭上から足元までびっしりである。もう、正直ものを選ぶどころではない。何があるのか把握するだけで1時間は軽くかかってしまう。

ガラス瓶

脳のHDDが情報を処理して、何が欲しいのか決めるまでさらに1時間。私はここで、何を買うのか選ぶのに2時間かかった。この連載で最長記録である。

エジブト香水瓶など

店長の遠藤和海さんにお話をうかがった。

最初からお店をやりたかったんです。大学を卒業して1年ですぐこのお店を始めて、今9年目ですね。何もわかってない状態から始めたんですが、最初からハンドクラフター(主に一点ものの手工芸品作家)さんのものと、輸入雑貨を置きたいというのは決めてました。
海福雑貨店長の遠藤和海さん
そこから「ここでしか手に入らないもの」を置きたい、ということを突き詰めていくと、やっぱり古物だなと思って、古物商の免許を取り、こういうものも扱うようになったんです。

ここでしか手に入らないもの、まさにそれを求めて、海福雑貨さんには遠方から訪れるお客さんもたくさんいるという。Webショップもあるにはあるが、正直、見れば見るほど実物を見たくなるし、実店舗に行きたくなる。他県からの来客も多く、春休みや夏休みシーズンには地方から学生さんが来るそうだ。

海福雑貨分室(2階)の店内

けっしてすごく広いお店というわけではないのだが、それにしても物量とその多様さに圧倒される。

1階は最近拡張したばっかりなんで、自分的にはスカスカなんですよ。もともと密度の高いものが好きで、自分で絵を描いても、こんな感じになっちゃうんで……。

そう言って見せてくださった作品は、シャープペンシルで異様に細かく描きこまれていた。

店長の遠藤和海さんの作品
店長の遠藤和海さんの作品
どこに何を置いているかは、お客様が動かしていない限り、把握してます。動かされちゃってわからなくなることもありますけど(笑)。隙間があると埋めたくなるし、集めたくなるし並べたくなるから、それで密度が上がっちゃうんです。
天井から吊り下げられたドライフラワー

時代も、国籍も、ジャンルもすべてバラバラに集められたものたち。作家さんの新作もあれば、アンティークやヴィンテージパーツもある。フェーヴ*3のコレクションもあるし、ウランガラス*4のコレクションもある。しかし、不思議と空間には統一感がある。

自分のフィルターを通して集めてるので、それで統一感が出ているのかもしれません。
ウランガラス
面白いもので、人によって選ぶものがまったく違うんです。1階が好きな方でも2階は素通りされたり、逆のパターンもあります。お店に来てくださる方でも、何が好きかは全然違うんですよね。同じお客様でも、そのときどきで選ぶものが変わっていったり、何度も来られているのに「こんなの前からあった?」って昔から置いているものに急に目を留められることもあります。
ブラススタンピングパーツ
時計部品
どこだかわからなくなる不思議な世界観
ものが多くて何を選んだらいいかわからない、ってよく言われますが、どうしたらいいかわからなくなったら、インスピレーションを大切にしてほしいですね。そのとき目につくものが、そのとき欲しいもの、気になるものだと思うので。
鉱物ジオラマ瓶
ムラーノ島のガラス
海福雑貨分室(2階)の片隅

遠藤さんのそのアドバイスをもとに、もう一度1階から見てみた。さっきは目に留まらなかった、花柄の小物入れが目についた。開けると中が綺麗なブルーで、すべてが好きな感じである。

花柄の小物入れ

これを買おう、と決めたとたん、昔から欲しいと思っていた、貝を使った小物入れを発見した。まさか、こんなものが売っているとは……。

貝を使った小物入れ

ついでに最初から気になっていた縦長のリングを買い物カゴに入れてレジに行く。

縦長のリング

お会計を済ませて店を出たあとも、国籍も時代もわからない場所へ行ってきた、という感覚が抜けない。

どこか物語性のあるものが好きなんですよね。歴史が好きなせいもあるんですが、そのものから何か物語が浮かんでくるようなものをつい集めてしまうんです。

遠藤さんのそんな言葉が頭をよぎった。

お茶休憩を挟んで、うみねこ博物堂さんに戻り、最初買おうと思っていた鉱石は選びきれないのであきらめ、どうしても気になるヘビのアンティークのブローチと、薄紫色のウニを買う。博物画が美しくてそっちもかなり欲しかった。でも、次にまた来る理由を残していくのもいい。

アンティークのヘビのブローチ

買い物が終わった頃には、日が暮れていた。「一日の間に、こんなに『かわいい』って言葉を発したの、一生で初めてかもしれません」。取材のあと、担当編集さん(男性)がそうつぶやいた。

帰ったあとも、なんかとんでもないものを見てしまったという興奮が続き、いつもなら戦利品の梱包を解いたらすぐ部屋のどこに置くかを考えて飾るのに、机の上にそのまま置いて、何度も手に取っては、手に入れた品をじっくり見た。

薄紫色のウニ

それはまるで、宝探しでやっと見つけた自分だけの宝物を愛でるような感覚だった。日が暮れるまで、足が棒になるまで探した甲斐があったし、あれもこれも欲しかったという気持ちよりも、こんなにいいものを手に入れたという満足感のほうが圧倒的に上回る買い物だった。

海福雑貨分室は金・土・日のみ営業

■圧倒されるほど自由な空間から「物語」を少し持ち帰る

海福雑貨も、うみねこ博物堂も、扱っているものが幅広い。お店の価値観がはっきりとある。その中から何を選んで持ち帰るのか。お店の個性に圧倒されて、一瞬自分の好みが頭から飛んでしまいそうになる。とても開かれた自由な空間で、価値観を押し付けてくるようなお店ではまったくないのに、お店が素敵すぎて、染まってしまいたくなるのだ。

心が振り回され、自分はこういうものも好きなのだという発見もたくさんあり、その中でなにか、少しだけ選んで持ち帰る。その体験は、本当に物語を少しだけ、持って帰るような体験なのだった。

雑貨屋【海福雑貨】&CRAFT GALLERY
うみねこ博物堂 / うみねこ博物堂
東林間の小さな雑貨屋 『ハイカラ雑貨店 ナツメヒロ』

著者:雨宮まみ (あまみや・まみ id:mamiamamiya)

雨宮まみ

ライター。アダルト雑誌の編集者を経て、フリーライターに。女性の自意識との葛藤や生きづらさを描いた自伝的エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)をはじめ、『ずっと独身でいるつもり?』(KKベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)、『東京を生きる』(大和書房)、『自信のない部屋へようこそ』(ワニブックス)など著書多数。

戦場のガールズ・ライフ @mamiamamiya

*1:equimonia http://equimonia.jimdo.com/

*2:@konchuuniv https://twitter.com/konchuuniv

*3:フェーヴ:フランスのパイ菓子、ガレット・デ・ロワに入っている陶製の小さな人形。パイを切り分けて食べるとき当たった人は祝福を受ける。

*4:ウランガラス:微量のウランを混ぜて作られたガラス。ブラックライトを当てると緑色に光る。現在はほぼ生産されておらず、アンティークとして人気がある。