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それ どこで買ったの?

REGAL2504

親子 ファッション やってみた 特集記事
文と写真 平民金子

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ぼちぼち、子供が生まれて来る予定になっていて、相手は右も左も言葉すら理解出来ない未熟な存在なのであるが、「初対面の時に足元だけはきちんとお洒落しておこう」という気分になった。きっかけは特になく、近所のお好み焼き屋で焼酎を飲んでいた時に、とつぜん思いたったのだ。翌日になって、生まれて初めて百貨店の紳士靴売り場に行き、生まれて初めて革靴を買った。リーガル2504。それは発売されてから半世紀近くがたつ、何の装飾もない地味な黒い靴だ。昔から、履き物というのは100円で売られているイボイボのついた健康サンダルが実用的に一番だと考えていて、どこへ行くにも愛用していた身には、「革靴は最初にきつく感じるくらいの物を選んでおけば、そのうち自然と足に馴染んで履きやすくなっていきますよ」などという店員の言葉はまったくの異文化だった。


その日から、これまで締め付けられた事のない自由な足と、無骨でクソ固い靴との戦いが始まった。初日は犬の散歩に15分。それだけで根を上げるに十分な痛みがあり、たかだか散歩なのに道の途中で普通に歩けなくなった。まだ歩きたそうな表情を見せる犬を抱き上げて一歩、一歩とよちよち帰路につく姿は周囲から見れば滑稽だったかもしれない。やっとの事で帰宅し靴を脱ぐと、かかととくるぶしにさっそく出来た靴ずれで、靴下には血がにじんでいた。翌日、傷口にヴァセリンを塗り絆創膏を貼って、また犬の散歩。もっと前から準備しておけばよかった。同じ靴を毎日履き続けるのは良くないらしいのだが、時間がない。あと一ヶ月ほどでとにかくこいつを足に慣らさないといけないのだ。履いて歩いてなじませる。カネの事、生活の事、これからの人生について。そんな事は後から考えればなんとかなるだろう。まっさきにやるべき事は、生まれてくる子供を小綺麗な足元で出迎える事なのだ。


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今は写真を撮る事がすっかり生活の一部となっているけれど、10年ほど前、初めて自分のカメラを買ったとき、「カメラもいいけれど一緒に新しい靴もそろえた方が良い」と、当時写真を教えてくれた人からアドバイスされた。「撮りたいのなら何よりも身だしなみに気をつけろ」僕は彼のそういったキザな科白を内心では小馬鹿にしながら、そんな考えもおもしろいのかもしれないと、連れて行かれるがままにレッドウィングのブーツを揃える店に行き、試着した。鏡にうつる自分はとても小綺麗に見える。「なかなか似合ってるじゃないか」かけられるそんな言葉に照れくさいような、誇らしいような気持ちがありながら、でもずっと「これは俺が履く靴じゃない」という思いが頭の中を占めていた。結局、苦笑いをうかべる同行者と共に店を出て、僕の革靴デビューは幻に終わった。格好をつける意味がわからなかった。気取って何になる。「俺は健康サンダルの側の人間だ」これが十代の頃からの自分が大切に抱えていた、ひねくれたアイデンティティだったのかもしれない。


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三十代も終わりになって、日々の生活はずいぶんと平和でのっぺりしたものになっていた。十代の時に胸を痛めた孤独感、二十代の時に頭を抱えた焦燥感、そんな気持ちも今はすっかり無くなってしまい、淡々と過ぎて行く毎日の中で自意識はかつて考えられなかった安定走行を見せている。二十代後半では直視する事が出来なかった、輝かしく見える他人の人生や、自らのこの先の伸びしろのなさも、人生とはこういうものなのだと、どこかおだやかな気持ちで眺めてもいる。可能性を船に例えるなら、僕は港で手を振り見送る側になっていた。そして旅立つ人にとって始まりのこの場所が、年を取りようやく帰って来た行き止まりのように思えた。


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この春、十数年住んだ東京を離れて、神戸に引っ越した。20年たってもなお道ばたで、喫茶店で、立ち飲み屋で、人々の会話の端々から阪神淡路大震災の記憶が残る町。才能や可能性を信じて疑わなかった十代の頃、混じりっ気なしの高揚感だけを抱いてパスポートを持ち、上海へと渡った神戸の港。そこに今自分は、彼女と犬といっしょに帰って来た。そして毎日のように散歩がてら港へ行き、近場の観光船から国際船まで、出航する船を眺めている。海沿いをしばらく歩き、ポートタワーからハーバーランドへと入れば、外国からの観光客や修学旅行生、恋人たちの喧騒がある。船着き場周辺のにぎわいとは対照的に、あたりの海は凪いでいる。埠頭の先端で、長い棒の先にスマートフォンを取り付けて写真を撮る家族。遠くから観光船がこちらに戻ってくるのが見える。この先いったいどうなるんだろう。ロクに稼ぎもない自分に子供だなんて。考えるだけで笑える話じゃないか。おだやかに響く汽笛を耳にしながら言い聞かせる。思った通りにいかないから生きる事はおもしろい。最高じゃないか、先の見えない人生。


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いつか、こんな話をしたい。
それはひとつの思い出話だ。


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「あなたが生まれて来る時に、おれはあなたに格好をつけたくて、慣れない革靴を買ったんだよ」
もしあなたに将来好きな人が出来て、その人の前で少し背伸びをして気取ってみせたくなるような、そんな気持ちを持てたなら、それだけで生きて来た日々は報われる。


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買い物はその気になった人に魔法をかけるんだ。
リーガル2504。こいつが僕の背筋を伸ばしてくれたように。


著者:平民金子 (id:heimin)

平民金子

写真を撮ったり文章を書いたりしています。1975年生。東京か大阪かメキシコにいましたが、現在は神戸在住。

Twitter:@heimin
ブログ:平民新聞

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