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それどこ

1991年の知られざるファッション戦争。父と紺ブレとレッチリと金ボタン

ブロガー、フミコフミオさんによる、亡くなられた父親が買ってくれようとした紺ブレザーについての思い出のお話です。

フミコフミオ

 父の生前、一度だけ二人きりで買い物に行ったことがある。父が亡くなる直前、1991年頃の春先の出来事だ。その頃の僕は女の子の目線を意識してばかりの高校生で、本当はメインストリートで流行っているものが気になって気になって仕方なかったけれども、あえてそこに背を向け、米国英国のロックンロールミュージックを聴き、ゲーセンでドルアーガの塔やゼビウスやドラゴンバスターといった時代遅れのゲームをプレイしながら、「ああいうの、ダサいよね。大衆に迎合しすぎ。イモだよね」と言っているような偽サブカルの痛いヤツだった。本音をいわせてもらえば、僕もジメジメしたゲームセンターを飛び出しメインなストリートで太陽の下で女の子と楽しく遊びたかった。



Photo by Kai Engel


 何のきっかけで父と二人で買い物に行く流れになったのか覚えていない。でも僕は「お前にいいものを買ってやる」という父の笑顔を昨日のことのように心のスクリーンに総天然色で再生できる。父の笑顔は不気味で、企みと悪意に満ち溢れたものだったからだ。そこには嫌な予感しかなかった。


 父が僕に買ってくれようとしたもの……それは「紺ブレザー」。信じてはもらえないかもしれないが当時、紺ブレザーは「紺ブレ」と呼ばれ、大学生のマストバイアイテムと宣伝されていた。メインストリートのものだ。「紺ブレかよ~」僕はあえて落胆を隠さずに言った。当時はNBAやMLBや海外サッカーのファッションが流行りだしたころで、そういうナウいものと比べると紺ブレザーはいかにも大人びていて、オッサン臭く、ダサく見え、はっきり言って僕はまったく欲しいとは思わなかった。想像してほしい。紺ブレザーにケミカルウォッシュジーンズの春コーデで「レッド・ホット・チリ・ペッパーズのニューアルバム最高じゃね?」とクールに言っている間抜けな姿を。レッチリと紺ブレ。まったく合わない。

 「照れるな」「遠慮するな」という父に僕はほとんど泣きそうになりながら「父さん、本当に紺ブレ要りません」「父さん、ありがた迷惑です」とゲゲゲの鬼太郎口調で言い返すのがやっと。父の中で強固に築かれた紺ブレザーへの熱い思い込み、「トンガリキッズはプライベートで紺ブレザーを着用する……」という思い込みを冷ます術を、僕は持ち合わせていなかった。

 今でいうアンチエイジングだろうか、当時四十代だった父は、僕と同じように女の子にモテる技術やデート情報ばかりを掲載した雑誌を読んでは、その情報を鵜呑みにしていた。紺ブレ、キテる! 「お前に買ってやる紺ブレザーは金ボタンだ」、そして追い討ちをかけるようにたたみかけられた父の言葉、《金ボタン。ナイスだろう》。父さん……ロックンロールが金ボタン紺ブレザーを着ますか?

 父に押し切られるようにして紳士服店に連れていかれた。日曜の午後の店内はベルト無しでオッケーなスラックスを履いたオッサンばかりだった。どうか、どうか、こんなオッサンな店にいるところをクラスメートに見られていないように……と祈るばかりだった。父の紺ブレザーに対する熱い思い込みと僕の紺ブレザーに対する拒否反応の戦争は凄惨を極めた。

 父は意識が遠くなるくらい多くの種類の紺ブレザーを僕に試着させた。生地や形の異なる紺ブレザー。共通項は紺色と金ボタン。ステイゴールド。遠ざかるレッド・ホット・チリ・ペッパーズ。

 「父さん、要りません」「心配するな。俺が買うんだから」「父さん、ありがとうございます。できることなら紺ブレ以外の服飾品にしてもらえませんか。最近はシカゴ・ブルズのTシャツがキテるみたいです」「他のものは買わない」

 望まれないものを買おうとする父と望んでいない息子の不毛な消耗戦はピークを迎えた。「聞き分けの悪いヤツだなー。お前の母ちゃんデベソ」「父さん、母さんの悪口はやめてください……」悪口と罵り合いの果てに紺ブレザーを買った父が逝ったのは、それから間もなくのことだ。



 あれから長い時間が経って、その間に何度も一人で買いものをしたけれども、ほとんど記憶に残っていない。それに対し、父と共に紺ブレザーを買いに出かけた記憶は、要らないものを強引に買い与えられるという奇妙なものだったけれど、強烈に印象に残っている。あーだこーだ大騒ぎしながらの買い物って楽しいものなのだ。誰かのために買い物をするって素敵なことなのだ。たとえその誰かへの想いが空回りしていたとしても。


 また、夏が来る。父が逝った夏だ。今度、妻のために紐ビキニ水着を買ってあげようと僕は思う。迷惑だと思われても構わない。父の紺ブレザーは、一度も袖を通さないまま楽しかった買い物の記憶と一緒に今も実家で眠っている。


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著者:フミコフミオ (id:Delete_All)

フミコフミオ

海辺の町でロックンロールを叫ぶ不惑の会社員です。90年代末からWeb日記で恥を綴り続けて15年、現在の主戦場ははてなブログ。内容は日常生活の中で生まれては消えていく小さな幸せの記録です。更新頻度は不整脈のように不定期。でも、それがロックだろ?

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